第59回埼玉県若い失語症者のつどい
つくつぐ人生はゲームだなぁ。と、最近、思いますね。
私は、3年前に脳出血で倒れました。最初は、まさか自分が・・・と思いましたね。
初めは、とにかく一生懸命でした。車椅子でやっと動いていたのが、立てるようになり、左手で食べていたのが、右手でなんとかお箸を持つことができました。
言葉は、いまも、不自由ですが、何とか聞き取れるようにはなりました。
頭に損傷は残っていますが、これもあと数年すれば直るんじゃないかなぁと、思っています。最近、頭がほんのちょっと、戻って来たせいか色々あったけど、『俺は恵まれてたなぁ』と思うわけです。
家族の感謝はもとより、友達、またはコミュニティで知り合った仲間などに感謝しています。
何が言いたいか?
と、言えば、人生は神さまがつくったゲームに過ぎない。という事です。(あくまでも、個人的にですが・・)
みなさんは、この世に生まれて色々苦労をしていますよね。
しかし、70~100歳くらいまで生きるとして、最後に何が残るでしょうか?
私の場合は、何も残らない。と思っています。だって、脳出血で倒れた時も、気が付くと病院でしたから(笑)だた、ゲームが終わって「ゲームオーバー」になったまでです。ただし、ゲームにはルールがあります。
あなたは将棋をご存じですか? 将棋では相手の王を取れば勝ちとなります。
人は誰でも簡単に相手の王将の駒を指でつまみ上げることは出来ます。
しかしその能力があるにも関わらず誰もその行為をしようとは思いません。歩は前に一つだけ進める。香は後ろには進めない。王は一つだけならどの方向にも動かす事が出来るなど、制限を設け、ゲームが成立します。
王を取り合うゲームといっても、このルールという制限を与えなかったらゲームは成立しません。もともと制限の無いところに制限を与えるからゲームが生み出せるのです。
みなさんも、このゲームを一緒に楽しみましょうね。
次回は、12月23日(祝・金)にWith Youさいたまでお会いしましょう!
埼玉県若い失語症者の会
平成28年11月 会長・志村高広
第27回埼玉県ミドル失語症者の会
元気な頃は、「与える」ということをなんとなく普通にやっています。例えば、家族の中で、愛情を持って、両親や妻、夫、子供に接する。稼いだお金を支払う。家賃のお金や、ご飯代、あるいは子供の塾代、習い事の代金などに支払う。そう。普通の人なら、「与える」ということは、ごく普通の事でしょう。
しかし、脳卒中や事故で障害者、しかも失語症になっている人は、違います。「もらう」方にいることが多いのではないのでしょうか。国からの援助や、町の支援、労災の判定、障害者手帳の事などです。我々が後遺症で動けない時から、必死だった親や妻、夫もいたと聞いています。大変な苦労をしてきた事でしょう。また、もらいたいのに対象外といわれる人も出てきます。これは、「もらう」方は、慎重に議論や判断をしていかないといけないことだからでしょう。
ところで、失語症者が「与える」ということを、皆さんは、どういうふうにお考えでしょうか?こういうふうには考えられないでしょうか。「自分の世話は自分でする。」要は「与える」は、「自分のために与えてあげる。」そして、慣れて来たら、「ほかの人にして与えてあげる」ということです。
私は、スポーツ観戦が趣味ですが、高校野球で甲子園球場へ行った時は、不自由な足を抱えて、一段一段あがりました。席に着いた達成感と高校野球のワクワク感などで、何とも言えない状態になりました。そういう思いを、自己満足で終わらせてしまうのでなく、言って見るのです。野球場で、一所懸命にリハビリをした、やっとの思いを、声に出してみるのです。
会話というモノは、聞き役が必要になってきます。病院や施設などには、STや会話パートナーがいてくれます。では、一般の社会では、聞き役は誰にしましょうか?ん・・・、となってくれば、やっぱり失語症者が良いのです。そうです。まさに、「失語症者のつどい」です。我々自身が聞き役になってあげれば良いのです。「声を出す側」と「聞き役側」、同世代の悩みを抱えているのですから。毎回、埼玉県若い&ミドルのつどいは、運営委員会が企画しています。来年、この運営委員会の応募に応えてくれる人を、お待ちしております!!
そして、「与える」ということの一つとして、「災い」というのを、苦しみ・励みにして、「自分の体験談」や「自分の工夫」などを言ってあげる、そして見せてあげる、そういうふうな「与える」ことになれば良いかなあと思います。
埼玉県ミドル失語症者の会
平成28年11月 会長・友井規幸