第7回埼玉県ミドル失語症者の会
W.Yさんの失語症体験記(その後)

W.Yさんは、第5回ミドルの会の体験記で発表しました。
2作目は、「失語症体験記(その後)」。さあ、読んでくださいね。


 一昨年の11月15日、脳梗塞で救急車に搬送されました。56歳でした。約2ヶ月間の入院後、失語症のリハビリが始まりました。手足の運動神経は、この時には直っていて、後遺症として失語症のみが残っていたのです。
 自分で考えていたものとは全く違うものでした。失語症は、そんな生易しいものではありませんでした。失語症のリハビリは、最初は絵を見て、それを言葉で言うところから始まりました。それから、漢字ドリルと助詞の穴埋め問題に取り組みました。昨年3月に入ると、セリフのない4コマ漫画の説明に進みました。童謡の歌も歌いました。ニュースのトピックを要約して、A4版1枚のレポートにまとめるという宿題も出されました。読むことと書くことは、遅いながらも出来るようになりました。

 ただ、しゃべることが思うようにいきません。遅々として回復が遅れているような気がします。会社は今年1月末で退職しました。営業職は勤まらないと思ったからです。それからも、週2〜3回はリハビリに通いました。1日に3時間の学習と、1時間のウォーキングは欠かさずやってきました。新聞のコラム欄の書き写しから、投書欄の音読、日記、フォークソングの歌まで、出来る事は何でもやってみました。それでも、あまり良くありません。焦るばかりです。そのとき、失語症の友人から「奇跡の脳」という本を知りました。この本は「激しい脳出血から完全に立ち直った脳科学者による世界で初めての記録」です。完全に回復するまで8年もかかったとする著者が言っています。
 「最も重要なことは、私が挑戦する気になることでした。挑戦して、挑戦して、また挑戦しなくてはなりませんが、かすかな手がかりを得るまでは、1000回やっても何の結果も得られないかもしれません。それでも、挑戦しなかったら何も始まらないんです。」

 今年7月から、前の、前の会社に、嘱託として復職しました。営業の仕事はできず内勤です。1年7ヶ月ぶりの通勤で、朝夕の通勤ラッシュにはまだ慣れません。仕事も、パソコンを打つスピードが以前と比べ3〜4倍かかります。昼休みに皇居の周りを30分位ウォーキングをしています。途中で外国の方に道を聞かれるのですが、前に出来た英会話が失語症のおかげで何も言うことが出来ません。そういうことが何回もあるので、最近では英語、中国語、韓国の案内図を持って出かけます。これからも失語症との闘いは続きますが、諦めないで挑戦していこうと思っています。

〜2012年11月17日(土)第7回埼玉県ミドル失語症者の会